旧作のターラー菩薩像をちょっといじる

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以前に作ったターラー菩薩像。

レジンでかたどった後、彩色までしたんですが、かなり荒削りだったので気になっておりました。

で、両手の指のところを中心に削ってみました。

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そしたら、彩色もかなり落ちたり、まだらになったりしちゃったので、

ちょっとだけ色をつけなおしたり、眉や眼を描き起こしたり。

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以前より、自然らしくなったのではないか、と。

よーーく見れば、まだまだ粗いんですけれど。

仏像というより、かなりフィギュアにちかくなっちゃいましたね。

あるいは、ヒンドゥー教の女神のようかな?

ターラー菩薩は、本当に、なんで日本で流行らなかったんだろうと残念でなりません。

あまりに女性的すぎて、日本人的には忌避されるのだろうか。

なんでも、あいまいで、おぼろげで、はっきりしない方が好きな国民性なので、

例えば興福寺の阿修羅像なんて、男性像なんですが、復元彩色でひげをはっきり描いちゃうとヒンシュク買っちゃったり。

観音菩薩もそうですね。しっかり男性的に作ると、なんか人気でない。どこかで、女性、と思いたい......

アニメ・キャラって、例えば美少女でも乳房とか大きかったり、ウエストが凄くくびれていたりという、成熟女性の身体なのに、

プロポーションや顔の作りを思いっきり幼女っぽくして子供を偽装するのって、

一種のズルさ?

女性、成熟した女性を、なんか忌避していて、

あいまい領域の「こども」にすることで安心している、というか。

あるいは、「かわいい」ということで、男女どちらからも好かれる?

あんまり共感しないので、分からないんですが、

例えば、峰不二子が好きな人とかと、アニメ/キャラ好きな人と、ズレたり一致しなかったりしないんだろうか?

別にどちらでも良いんですが。別に、わたしも嫌いじゃないですから。

拙作も、顔が童顔ですね。それは、単なる好みで、意図したわけではありません。

朝陽の指す所において、劇場風に

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ターラーは観音の涙から生まれたとも言われますが、やはり、基本は大母神でしょう。蓮を(本来は)持つところからも。

なので、やはり乳房と腰は強調したいところです。

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