『名作誕生 つながる日本美術』展 20180422

笠区薬師如来03.jpg
    奈良・笠区薬師如来立像

 『国華』創刊130周年記念という『名作誕生』展を見てきました。

 12日の18時から内覧会ということで、時間的に遅かったのですが図録が欲しくて出かけたのですが、18時を過ぎていたのに挨拶等々でなかなか会場に入れません。かなりの群衆が列をなして待っているのですが、疲れ気味の私は離れたところに知人を発見して、その傍らに腰を下ろして駄弁っていました。その知人というのは中国北魏時代の仏像彫刻の専門家で、昨年、龍門や響堂山石窟に連れて行ってもらったご夫婦の片方。なんだかんだ話をしていたら、漸く列が動き出したのですが、その時にはもう気力が失われていたんですね。

 どうせこの群衆では、すぐには会場に入れないだろう、もう少し列に入って待たなければならないだろう。入ったところで混み合った人垣の後ろから、しかも押されたり目の前をふさがれたりしながら見なければならないので、およそ「鑑賞」どころではないだろうなぁ....

 幸い、入館券をまだ他に頂いていたので、即決。知人に別れを告げ、会場には入らずに図録だけ頂いて帰宅してしまいました。

 ホントに疲れていたんですね。頂いた図録もあとでゆっくりと、っていう感じで中身を拝見しませんでした。

 で、17日の午前中に、東京国立博物館に参りました。

 まだそれ程観覧者も居らず、ゆったりと人に邪魔されずに仏像の部屋から鑑賞できました。

 いや、結論的に言うと、この第一室が一番楽しかったですね。檀像の名品の数々。檀像と言っても法隆寺九面観音や談山神社伝来像などではなくて神福寺十一面観音像が出ていたことが新鮮でした。

 この神福寺像、像の前面が鼠のせいでしょうか、傷んでしまっていて、鼻がそげちゃった御顔なので凄く損をしていますが、とても優れた出来映えのもの。

神福寺十一面観音025.jpg

この写真は、今回の展覧会図録からではなくて、随分昔に奈良国立博物館で開催した『檀像』展の図録から転載しました。

展覧会図録の写真図版の質が向上し、豪華になってきているのは結構として、それならばこそ、履歴書みたいな正面向きばかりの図を屁列する目録的な編集には再考を促したいですね。
絵画は良いですよ、平面芸術なんだから。彫刻のような立体ものについては、多少図版が小さくなっても、正面以外からの視点からの図を複数載せて欲しいと思います。仏像は宗教的な拝む対象だから正面性が重要、というのは分かります。けれども、今回でも相ですが、最近、仏像を彫刻作品として立体的に鑑賞しようという姿勢に促されて、左右はもちろん、背後からも鑑賞できるように展示デザインされてきているのですから、高価な図録を作るならば、そういった鑑賞性を配慮すべきだと思います。今回の図録では、全ての仏像について正面カット一枚のみというのには、正直がっかりしました。
『檀像』展は、さすがに展覧会の目的がスッキリと立体作品を視ることにあったので、掲げたように斜め向きの写真を載せる配慮があって、永久保存版になっています。

さて、神福寺像は、背面のほうは保存状態が比較的良いようです。なんでこんなに胴長のプロポーションなのかわかりませんけれども、とにかく彫技の卓越性に圧倒されて気にならない。その卓越性は、固い木という素材を全く感じさせない程の自在な表現性、ここでは肌や布の質感のリアルな表出にありますね。

わざとらしい波状をした布の縁ラインは中国的かもしれませんが、緩やかに弧を描く襞の表現など、眼で追っていくと思わずうなり声が漏れ出てしまいます。

神福寺十一面観音026.jpg

肩の上から腕にかけて、湾曲して垂れ下がる冠繒(冠をとめるリボン)のねちっこい、それでいて軽やかな表現!胸飾の緻密さよりもこっちの方に感嘆しますね。

この「名作とつながる」ものとして、道明寺の十一面観音像が並んでいます。

道明寺十一面観音像b2.jpg
 道明寺十一面観音像立像(『檀像』展図録より)

道明寺の国宝像は、先の『仁和寺と御室派のみほとけ』展で拝見できました。葛井寺像と美を競っていましたね。

国宝像と、表現の仕方がすごくよく似ていて興味深いのですが、こちらはより小さいし、プロポーションも頭部が大きくデフォルメされています。優美さには欠けるかもしれませんが、彫刻技術はすばらしいものです。

道明寺十一面乙04.jpg

この道明寺像で感心したのは、左手の写実的な表現なのですが、この写真では伝えられません。指の一本ずつがとてもリアルに、かつ優美に彫り上げられていて、申し訳ないですけれど、御顔よりも惚れました、手に。

この図版だと、裳の襞の繊細な起伏表現が伝わります。しかし、ねじれた天衣の形状や裳(スカート)の縁の優美な曲折、まとめ上げ方など、いやー見事!    自分で仏像を造っていると、こういう細部にむちゃくちゃ感動できるようになって、興奮しますね。

この調子で書いていくとキリがなくなりますが、唐招提寺の薬師如来立像や伝衆宝王菩薩(不空羂索観音)立像や元興寺の国宝像はともかくここでは飛ばして、笠区薬師如来立像です。

笠区薬師如来01.jpg

実は、この作品も『檀像』展に出品されていて、どんだけ凄い展覧会だったんだ!っていまさらながらに思うのですが、これ1991年に開催されているんですね。この頃は文化庁に入ってまだ間もない頃、眼にも頭にもゆとりがなかったんでしょうか、このお像を視た記憶がないんですが。

この笠区のお像は、正直言って御顔はちょっと引いちゃうんですが、第一印象では、縄文的なうねるような力動感、そして右手なんです。

笠区薬師如来01b.jpg笠区薬師如来03.jpg

右の方は『檀像』展図録から。この横から見ないと左手の美しがぜんぜんわからないでしょ?

もっとも、左手の鑑賞は像の右側を斜めから見たときに一番美しかった美しかった気がします。残念ながら、この角度からの写真はありません。

この右手は、指の一本一本や手のひらの凹凸が、実に肉感的かつ写実的で、体温や触感まで伝わってきそうなんですが、それが道明寺像のように洗練されていないで、むしろその肉体性が強調されているような表現なんです。

仏像の手先とか足先って、実は後補が多いんです。長い年月を経るうちには火災に遭ったり移動したりで、出っ張っているところは毀損しやすいわけです。だから、手とか足とかに感動したときは、先ずそれがオリジナルかどうかを注意深く検討しなければなりません。

今回見た感じでは、右手は文句なく良いですね。側面写真を見ると、左手も美しいです。でも、会場で両手をつくづくと比較していると、左手はちょっと硬い印象が拭えませんでしたね。明治時代の仏像修復家は、かなりの熟練度に達していて、巧いので予断を許しません。

それにしても、大衣の細かな襞の表情を視て下さい。

やり過ぎ、ってくらいにこだわりまくってますね。この貼り付くほどの視線のねちっこさは、なんなんだろう。こんな表現は、伊豆の運慶作品にちょっと感じますけれど、ちょっと他にお目にかからないほどのものですね。こういう細部へのこだわりは、総じて檀像に認められるのですが、「技のための技」みたいな、彫技を誇示するような表現とは異なって、「写実」っていう、モノのリアルに迫りたいという強い欲動を感じます。

いやぁ、この笠区像はスゴイです。

この像の左側面からの写真が欲しかったのですが、ねぇ。

以上の3像だけでも、もうお腹いっぱいの気分でした。

元興寺薬師如来立像は私のお気に入りで、学生時代からのアイドルだったんですが、笠区像のとなりにあると、なんとなく迫力を削がれてしまいますね。いわゆる貞観彫刻の迫力を示す作品と思っていたのですが、意外と落ち着いた正統的な仏像だったのかな、と感じました。図録写真を見ると、笠区像は表面処理に追われて、元興寺像のほうが彫刻として本道という感じがしますが。


なんて書いていたら、今日は金沢文庫に講演に行かなけりゃならないんだ。称名寺の十二神将画像について喋るんです。遅刻したら大変なんで、今回はここまで。第二室以降は次の機会に。

この記事へのコメント