『運慶』展、見てきました!

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                『運慶』展図録 2017/09 東京国立博物館

 『運慶』展、ようやく始まります。

 今年は春に奈良国立博物館で『快慶』展があり、その時からずっと心待ちにしていた『運慶』展。

 改めて、運慶の天才を強く心に刻むことになりました。

 いや、本当に、超弩級です。運慶に匹敵するような日本の彫刻家の名前が挙げられません。.....

 というような書き方をしていると、どこまでも賛辞ばかりを連ねることになってしまうので、ここでは、

 個人的な判断で、こお展覧会で要注目の作品を挙げておきます。

 なんといっても、今回の展覧会の白眉は、願成就院の毘沙門天です!

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 静岡県韮山にある願成就院は北条時政が建立したお寺ですが、ここの阿弥陀如来坐像と不動明王二童子立像及び毘沙門天立像が運慶の作品として国宝に指定されています。これを造立した時(1186年)、運慶はまだ若かったのですが、おそらく関東に下向してこれらの作品を作ったのでしょう。
 とにかく、願成就院像は若くなくてはできないような、もの凄い集中力と完成度に満ちています。今回の展覧会には毘沙門天像のみの出品ですが、これ1体だけでも、運慶の凄さはわかるし、お寺さんで見るよりもグルッと回って鑑賞できるので、十分にこの展覧会を見る意味があるというもの。

 こんなに誉めそやしているのは、なにも私だけの個人的な好みとか偏見ではないですよ。今日はオープニングだったのですが、会場には数多くの仏像研究者がたが参集していて、皆さんこのお像にうなっていました。(特に、私のすぐ近くで、水野敬三郎先生と文化庁の奥健夫氏が熱心にこのお像の凄さについて語られていましたw!)

 それはともかく、何が凄いって、徹底的なリアリズム、ってことです。

 このリアリズムは、10年ほど前の円成寺大日如来坐像からつながっていて、そのあと金剛峯寺の八大童子像のうちの矜羯羅童子像に連なるもの。特にこの3点を、今回の展覧会でじっくりと見て下さい。この3点だけで、私的には運慶のイメージが完結されます。これら3点の完成度というか緊密性は、会場にある他の優品といえども見いだせませんでした。

 これら3点は、顔はもちろん、身体のどの部分においても、運慶が乗り移っているんです。特に大日如来と毘沙門ですね。


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 例えば、大日如来像の足。右足の太腿から膝、膝から裳裾を巻き込みながら左膝の上に足の甲を乗せて深く組む形状を、ゆっくりと、じっくりと観察してみて下さい。足の筋肉の締まった堅さ、ふくらはぎ部分の柔らかさ、しなやかに曲げられて左膝の上に渡される足首から指先までの足の裏。さらに背が高ければ、下腹部分と組んだ足との間にできる窪み部分。もちろん、足の形状にぴったりと即した襞の刻み方。

 いやぁ、、、、、、、、、溜息、です。

 どの部分にも、運慶の「眼」と「手」が緩みなく行き届いていて、緊張しきっています。しかし、それが的確なので、実にのびのびとしていて、自然なのです。言っちゃ悪いが、快慶の計算された技巧とは全く違う。快慶は可能な限り美しく正確に造形しているんですが、「人為的」なんです。けれども、少なくとも運慶の円成寺象や願成就院象は、「自然」なんです。血が通っているんです。

 それから、大日如来像の髪筋や毘沙門天像の装飾部分の的確さ、っていうか、もの凄いテクニック。細部の重要さっていうことに、最近、ようやく気付きました。

 八大童子像では各像ごとに個性が若干異なることが共通認識で、中では制多迦童子像が最も「運慶的」とされているようです。ですので、今日はこころして矜羯羅童子と制多迦童子を見比べてみました。

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右が制多迦童子、左が矜羯羅童子

 たしかに、どちらも優れている。ただ、肉体のメリハリは制多迦童子のほうがハッキリしています。精悍な表情はいかにも運慶っぽいですね。

 それに対して、矜羯羅童子はウエットです。

 両者を比較したとき、制多迦童子はいかにも童子らしい、才気煥発で、血気にはやった、武士の子ってかんじ。それに対して、矜羯羅童子は優しく、大人しく思慮深い風。

 でも、それ以上に、矜羯羅童子像には作者の気持ちが入っている気がするんです。

 それで、円成寺大日如来像でやったみたいに、童子の顔や身体を少しずつ角度を変えてグルッと回って、じっくりと観察しました。方から胸、或いは背にかけての肉付き、それと肩先から肘へと伸びる腕の肉付き、背中の表情(肉の盛り上がり方)、左右前後のバランスと、角度によって変化する輪郭の表情、等々。

 結論から言うと、私には矜羯羅童子像のほうが血が通って、柔らかく感じました。
 この微妙な差異、ここにリアリティーがあるんです。

 どちらが本当に運慶か、というのは、正直言ってどうでもいいです。私には、矜羯羅童子像の作者が心から慕わしい。

 ところで、今回の呼び物のひとつは、北円堂の無著世親及び四天王像でしょう。私は北円堂の弥勒如来坐像が是非見たかったのですが、それはおくとして、四天王像には違和感がどうしても拭えませんでした。
 例えてみると、運慶=ミケランジェロに続くマニエリスム作品のように見えました。多聞天など、好きではありますけれども、この四天王像における煩瑣な表現は、運慶の彫刻性とぞぐわないし、むしろ快慶作品に近いものを感じました。

 むしろ、面白かったのは瀧山寺聖観音像です。この作品は以前から好きで、梵天像の方が好きなんですが、運慶的なものを感じます。ちょっと肥満しちゃっているけれども、リアリズムを感じますね。美しい顔です。
 運慶っていうと、天平復古とかいわれますが、こういう彩色像を見ると、北宋期や金代の中国彫刻を想起させるものがありますね。

 海住山寺の四天王像は以前から感服しているもので、どれがというのも難しいですが、運慶って感じがします。

 真如苑が購入した大日如来像も良いですね。お顔が。

 浄楽寺さんは毘沙門天像と不動明王像が出ていましたが、願成就院像の後で見るとパッとしません(ごめんなさい)阿弥陀三尊像が来月にお目見えと言うことなので、それは期待できます。

 六波羅蜜寺地蔵菩薩坐像は、以前は願成就院の阿弥陀さんと近いんじゃないかなんて思っていたんですが、今日の印象ではちょっと大人しい感じ。お顔をちょっと手直ししているんじゃないか、という印象を受けましたが、そんなことはないのかな?

 運慶の子供達の作品では、湛慶の雪蹊寺作品。特に吉祥天像が愛らしかったです。以前に写真をみて粘土でまねしてみたことがあったのですが、見極め切れていなかったところが多々あって、逆に、やはり巧いものだと感心しました。

 他にも、もちろん、みるべきものが沢山あります。長岳寺阿弥陀三尊像とか、浄瑠璃寺十二神将像とか。でも、今日の収穫は、これだけ集められた運慶作品の中から、円成寺像・願成就院像そして高野山の矜羯羅童子像と3点をもって、自分なりの運慶像が明確に把握できたこと、でした。

 とにかく、こんなに興奮できる展覧会は、そうそうあるものではありません。何回も足を運ぶことになりそうですね。

 特に、運慶とはなんなのか、鎌倉彫刻とは何か、といったところを、つくづく考えさせられます。

 仏像好きな方は、当然ですが、必見、です。本館のほうの平常陳列での仏像展示をあらかじめ見てから、運慶展を見るのも一案ですね。

 あと、展覧会場の作品すべてが運慶だ、というのは、運慶ブランドであるということです。運慶には子息達も含めて、極めて有能なスタッフが大勢いました。ほとんどの作品はその共同制作です。比較的若い頃の円成寺像や願成就院像は、まだ運慶が若かったこともあるので、かなり運慶一人で仕上げているんじゃないかと思います。逆に、晩年の北円堂諸像はどれだけ運慶の手が直接及んでいるのか..........そういった点も、ご留意下さい。

 以上、私見をとうとうと述べました。ご参考になればうれしいです。

この記事へのコメント

  • ありがとうございます。
    これから見に行きますのでたいへん参考になりました。
    モチベーションも倍増しました!
    2017年09月26日 08:09
  • ひげねこ親爺

    因みに展覧会図録もなかなか充実しています。図版がちょっとグラビアっぽいけれども、正面ばかりでなく側面や背面、ときには心憎い部分写真などもあって、編集者たちの眼を感じさせます。資料の取り扱いも懇切丁寧で、これは「買い」ですよ!


    >さん
    >
    >ありがとうございます。
    >これから見に行きますのでたいへん参考になりました。
    >モチベーションも倍増しました!
    2017年09月26日 08:37
  • アドバイスありがとうございました。展覧会を見て豪華な図録を買いました。
    高野山の矜羯羅童子に似た人を知っています。
    資料には残っていないのかもしれませんが、運慶は実際のモデルを使っていたのではないかなと想像して楽しんでいます。
    2017年10月26日 19:34
  • ひげねこ親爺

     運慶がモデルを使っていたのではないか?と推測している研究者は多いですよ。例えば、願成就院の毘沙門天像など、いかにも鎌倉武士の精悍な姿を活写しているように見えるということで、それを根拠に運慶は実際に鎌倉に下向して彫刻制作に励んだのであろうといわれています。無著・世親にしても、モデルなしではああいうふうにはとても造れないでしょうね。


    >さん
    >
    >アドバイスありがとうございました。展覧会を見て豪華な図録を買いました。
    >高野山の矜羯羅童子に似た人を知っています。
    >資料には残っていないのかもしれませんが、運慶は実際のモデルを使っていたのではないかなと想像して楽しんでいます。
    2017年10月26日 20:02
  • やはりそうなのですね。奈良で見た快慶と全く違う印象を得ました。人間臭いというか…。

    世親像は偶然北円堂で拝見したことがありますが、表情をそれほどは観察できませんでした。
    上野では間近に拝見、深い精神性に惹きつけられました。

    2017年10月26日 22:46
  • ひげねこ親爺

    単に〝似ている〟という表面的な観察に留まらない、深い人間性の把握にまで及んでいるということなのでしょうね。大報恩寺に快慶一門が造った十大弟子像があって、中に快慶作品もあるのですが、世親像とは比べられませんね。なので、「重源像」はいくら快慶が重源と親しかったとはいえ、運慶ではないかと.....という印象です。

    >さん
    >
    >やはりそうなのですね。奈良で見た快慶と全く違う印象を得ました。人間臭いというか…。
    >
    >世親像は偶然北円堂で拝見したことがありますが、表情をそれほどは観察できませんでした。
    >上野では間近に拝見、深い精神性に惹きつけられました。
    >
    >
    2017年10月27日 08:50