ヒメツルソバ 20181115

ヒメツルソバ という名前だそうです。 とても頑丈な野草で、すぐ繁茂して道路を侵略してしまうので、時々思いっきり抜き取っちゃうんですが、 それでもいつの間にか芽を出して、広がっています。 花が可愛いので、特にムキになってむしる気もなく、むしろその時々に楽しんでいます。 集団の美 というんでしょうか。 沢山の小さな花が密集して、カーペットのように広がっているのはなかなか見応えありますね…

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媧皇宮の思い出 20181112

昨日、女媧について触れて思い出したので、昨年見学した中国の媧皇宮についてちょっと記しましょう。 昨夏はとてもラッキーな中国旅行をしました。 学生時代以来の知己であるO氏とI女史ご夫妻は、中国でも名の知れている中国仏像史の権威。私が最も信頼している中国仏像の研究者です。たまたま、少ない資金で、見落としている中国の重要石窟を見学する方法について、O氏に相談を持ちかけたのですが、 私が中国語…

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日本中世と二元論 立川流にちなんで 20181111

天地の開闢を、生命のしくみとして解釈することは、神話世界に広く見られることです。 ユダヤの人々は唯一の強力な創造神を信じたが、日本神話のように伊弉冉・伊弉諾という男女二神によって世界(狭い範囲だけれど)が創られたとする考え方の類型は、複数知られています。 いま興味を持っているのは、男女両性による生成というトポロジー。 両性といえば、陰陽。だから、中国の陰陽二元論は典型。この二元論から、…

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落葉 20181110

秋も深まってきました。 落葉、これはサクラですが、色づいてとても美しいので、朝、ひろって机の上にしばらく置いて楽しみました。 人生を季節にたとえることは世のならい。 秋は老齢。 こんなに美しく色づく「老い」 葉を拾ったときには、一枚いちまいを「個」として眺め、大小あり、肥痩あり、紅黄の違いあり、と同じサクラでも個性があるなぁ、などと思ったものでしたが、 木を個人としてみると、葉は…

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猫娘 20181104

先日描いていた「猫耳少女」のスケッチとは別の、ねこ娘。というか、まぁ、猫耳少女です。 猫耳である必然性もないのですが、いや、そうじゃなかった。 いちおう、「招き猫」なんですね。 ずいぶん前から少しずつ進めていたので、当初の意図を忘れてしまいました。 とにかく、可愛らしい少女像を造りたかったんです。 左手には、何か載せたいと思っているんですが、まだ想定していません。 ラドールで…

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老いと死 20181030

未来、は可能態ということだ。まだ実現していないけれど、実現できる可能性を持っているということ。 この可能態を現実にする能力が、歳をとるほどに弱まってくる。 肉体の衰え、というのは筋力とか持久力とか、運動能力の衰えで、これはいかんともしがたいものだ。それ以上に答えるのが、脳力の衰えで、記憶力が鈍り、ボケてくる。忘れっぽくなる。 若い頃は、未来、つまり可能態に対して、ほとんど無制限に思えた…

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老いと美 20181030

ひとつひとつの、ちょっとした失敗が、 重く、心にのしかかる。 若いころなら、笑ってごまかせたあやまちが、 鈍く、こころを締め付ける。 何気なく発せられた他人の寸言が、鋭く心に突き刺さる。 気づかないまま歩き続けていたら、ずっと地面を見つめている。 靴先の、ほんの少し先を、ずっと目で追い続けている。 立ち止まってはだめ、と念じるかのように、 放心したように、見詰めている。 ど…

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女性と猫の関係 20181022

女性を猫と重ねてみることは、おそらく普遍的に認められる傾向ではないでしょうか? 牝猫っていう言葉は、女性に対して用いられるときには、かなり注意を要するでしょう。 猫の特質って、なんでしょうか? 外観は、まるい。 顔を見ると、眼が大きい。口が小さい(開くと実は大きい)。 猫背で、内向的に見える。 動きは、しなやか。 骨ばってなくて、ふわふわ。 暖かい。もふもふ。 でも動きは敏…

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島泰三『はだかの起源 不適者は生きのびる』を読んで 20181021

いささかいつもとは違う記事ですが、最近読んで感銘を受けたもので。 といって、ここで書評をしようというわけではないんです。そんな専門的知識は持ち合わせないし、著者には申し訳ないのですが、 本当のところはどうなのか、という青海を強く求めているという程でもありませんので。 けれども、とても興味はあります。 この「はだかの起源」というのは、社会風俗史的な内容では全くありません。 ここで…

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半跏思惟像ラインナップ 20181017

半跏思惟像。仏像版「考える人」みたいな姿のお像は、広隆寺や中宮寺の国宝像で親しまれています。 もともと釈迦が悟りを開く直前の姿といわれていますが、 このことから如来(悟りを開いた人)になることを約束された菩薩を表す、ということで、 お釈迦様亡き後、次にこの世に如来として現れることが約束されている(釈迦から予言されている、「授記」と言います)存在である、弥勒菩薩を表すようになりました。 …

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